室町時代・応永25年(1418年)〜現在まで

事   柄
応永 25年 (1418) 斑鳩寺文書「鵤庄引付」(いかるがのしょうひきつけ)に播州で初めて「サウメン」と記述した。このころから播州地方でそうめんの製造が行われる。
永享 5年 (1433) 斑鳩寺が播磨国守護代へ素麺一貫文を贈る。
寛正 2年 (1461) 播磨伊和神社の社殿造営の祝言に素麺一貫文分を使う。
宝永 5年 (1708) 龍野・山村家へ病気見舞に龍野藩領内の10名からそうめんが届く。
安永頃 (1771〜1780) 龍野藩がそうめん製造、販売を許可業種とする触書を出す。
文政頃 (1818〜1830) 神岡の森崎忠右衛門、宝山常右衛門が摂津の素麺仲間組織を視察する。
慶応 元年 (1865) 龍野、林田、新宮藩領内の素麺仲間46名が素麺仲間取締方申合をする。
明治 2年 (1869) 八木喜左衛門が代表し大和国三輪明神のお札を授かり、塩盛山(神岡大住寺)の祠堂に祀る。
5年 (1872) 揖東西両郡の素麺仲間が明神講を設立、素麺連中約定書を定める。
7年 (1874) 揖東西両郡素麺業者127名が開益社を設立。
20年 (1887) 揖東西両郡素麺営業組合設立を申請、9月9日認可される。初代組長西村精一郎。初年度組合員309名、生産量11万6千余箱。
22年 (1889) 飾西郡素麺営業組合を設立、組長は永沢治三郎。
24年 (1891) 飾東郡素麺営業組合を設立、組長は野村勝蔵。
27年 (1894) 第2代頭取 澤野利正は、検査方法を改め製品を七等級(三神乃糸・揖保乃糸等)に分類し、これに相当する検査標章を貼布し、製造者に製品の責任を持たせる。
28年 (1895) 揖保郡北部の製造家有志が塩盛山に灯明を建てる。
31年 (1898) 播州地方で機械そうめんの製造が始まる。組合員33名が1万6千箱を製造。
32年 (1899) 塩盛山(たつの市神岡町)に素麺神社を建立。
39年 (1906) 朝鮮、北海道、東北を視察。販路の拡大を図ると共に特許局へ「三神乃糸」「揖保乃糸」などの商標登録をする。
42年 (1909) 小宅村富永(現本部事務所所在地)に組合模範工場を建設し、原料・製品の分析、職工の養成や技術指導、各種機械の使用法の研究を行う。
大正 8年 (1919) このころからキャラバン隊を繰り出し、販路の拡大を図る。
11年 (1922) 2月に揖保郡素麺同業組合を播州素麺同業組合に改組する。7月、揖保郡素麺箱組合を合併する。
12年 (1923) 揖保乃糸全国販売連盟会(現 特約店会の前身)を結成。
13年 (1924) 全国製麺同業組合連合会を結成、事務局を龍野に置く。
昭和 4年 (1929) 関西行幸の天皇は6月、本多侍従を組合へ御差遣す。
5年 (1930) 中播手延素麺同業組合と合併し、組合員数3,234名となる。
6年 (1931) 手延素麺生産高99万8千499箱と戦前の最高記録を樹立。
10年 (1935) 消費市場で手延そうめんと機械そうめんの混同を防ぐため、機械そうめん業者を分離し、組合の名称を播州手延素麺工業組合に改組。
手延べそうめんの生産量は79万箱で、この年から全量を共同販売にする。
14年 (1939) 戦争により生産統制にされる。組合員2千935名、生産量91万4千余箱。
20年 (1945) 姫路空襲で組合事務所を焼失、組合本部を龍野へ戻す。8月に終戦。この年の生産12万箱。
21年 (1946) 食糧難で原料小麦が入手できず、生産量2万3千余箱に激減、産地存亡の危機。
27年 (1952) 政府の委託加工制度が廃止され、組合共同販売が復活。
35年 (1960) 手延べひやむぎの生産を開始、初年度の生産量は3万1千箱(1箱9kg)
37年 (1962) 第10代理事長 森崎忠作の英断により、原料小麦粉の品質均一化のため、水車製粉を廃止し大手製粉を導入。組合の名称も兵庫県手延素麺協同組合に改称。
41年 (1966) 日本手延素麺協同組合連合会を設立、事務局を龍野に置く。
51年 (1976) 水車製粉廃止に伴い、分裂した3組合(84名)を、第11代理事長 岩谷源治の指導力により吸収合併し、播州手延素麺は「揖保乃糸」に一本化。
54年 (1979) トラック輸送時代に対応し神岡支部竣工、100万箱保管体制を確立。
59年 (1984) 生産量100万箱を突破。
事務局のOA化開始。
山崎支部にコンピュータ制御による立体倉庫竣工。
62年 (1987) 組合創立100周年記念式典を姫路厚生年金会館にて挙行。
78年ぶりに手延うどん生産を復活。
平成 4年 (1992) 製造家養成、製麺研究のための施設(メンテック林田)竣工。
女優 田中好子をCMに起用、「揖保乃糸」HOT作戦を展開する。
5年 (1993) 第12代理事長 塩谷重喜は、品質の統一・製造技術の向上及び伝統製法の伝承を目的として、「手延製麺技能士」の新設を労働省に要望し、国家検定の手延製麺技能士試験が始まる。
9年 (1997) 4月 「揖保乃糸資料館 そうめんの里」竣工。
14年 (2002) イベント・キャンペーンガールとして「ミス揖保乃糸」を選考。
15年 (2003) 10月 新宮支部にトレーサビリティ(製造・流通履歴の管理)機能を備えた立体自動倉庫竣工。
12月 メンテック林田リニューアル 手延麺のモデル製造工場として内容を充実、見学通路も完成。
国内産小麦のみを使用した手延そうめん「揖保乃糸・縒つむぎ」を開発。
16年 (2004) 4月 第13代理事長 井上猛の発起で大神神社(素麺神社)を大改修する。
17年 (2005) 新しいレシピ開発を主題とした国際的なコンテスト「揖保乃糸ニューレシピグランプリ2005」開催。
手延中華麺「龍の夢」及び、手延カップめんを開発し販売開始。
18年 (2006) 兵庫県産播州小麦「白銀(シロガネ)」を使用した手延そうめん「揖保乃糸・播州小麦」を開発。
19年 (2007) 組合創立120周年記念式典並びに品評会を姫路武道会館にて開催。
手延そうめん「揖保乃糸・特級品」「揖保乃糸・上級品」がモンドセレクション最高金賞受賞。
林田支部に立体自動倉庫竣工。
20年 (2008) 手延そうめん「揖保乃糸・上級品」がモンドセレクション最高金賞受賞。
手延そうめん「揖保乃糸・播州小麦」が兵庫県認証食品に認定。
「揖保乃糸・太づくり」を開発。
夏の消費者キャンペーン開催開始。
21年 (2009) 手延そうめん「揖保乃糸・上級品」が3年連続でモンドセレクション最高金賞受賞。
23年 (2011) 2011年8月、組合主力商品である「揖保乃糸・上級品300g」が史上最高出荷を記録(9kg換算154万ケース)。

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